明治以降の短編小説の名作を編んだアンソロジーでおすすめのものを紹介する。
最近僕の中で青空文庫のブームが再来していて、紙の本でも明治から昭和の短編を収録した短編集を買うことが多い。
このページでは、僕が現在買い集めている4つのシリーズのそれぞれの巻について収録作品をまとめた。いずれも文庫なので入手しやすいはずだ。
まだ所有していないものについては、検索して転記しているものもある。
収録作が不明な巻は、購入しだい追記していく。
日本近代短篇小説選
まず岩波文庫の『日本近代短篇小説選』からいってみよう。
明治篇2冊、大正篇1冊、昭和篇3冊の計6冊が出ている。
明治篇1
明治篇の第1集では、「舞姫」や「武蔵野」などの有名な作品を押さえつつ、一葉は「わかれ道」、露伴は「対髑髏」をチョイスしている。
清水紫琴、そして嵯峨の屋おむろという人を僕は知らなかったのだけど、「くされたまご」のタイトルの引力が強いなあ。
収録作品は以下の通り。
- 坪内逍遥「細君」
- 嵯峨の屋おむろ「くされたまご」
- 山田美妙「この子」
- 森鷗外「舞姫」
- 尾崎紅葉「拈華微笑」
- 幸田露伴「対髑髏」
- 清水紫琴「こわれ指輪」
- 斎藤緑雨「かくれんぼ」
- 樋口一葉「わかれ道」
- 泉鏡花「龍潭譚」
- 国木田独歩「武蔵野」
- 広津柳浪「雨」
明治篇2
このシリーズは、6巻を通じて発表年順に作品が並んでいる。
小説の初出を調べるのは簡単そうで案外大変なので、時代の流れに沿って古い作品から順に読んでみたい僕のような読者には助かる。
夏目漱石は「倫敦塔」や「薤露行(かいろこう)」といった短編を『吾輩は猫である』の連載とほぼ同時期に発表していて、読むとその文体やテイストの違いに驚いたりする。
その漱石が恋したとも言われる大塚楠緒子の作品も、この巻には収録されている。
- 夏目漱石「倫敦搭」
- 寺田寅彦「団栗」
- 大塚楠緒子「上下」
- 正宗白鳥「塵埃」
- 田山花袋「一兵卒」
- 徳田秋声「二老婆」
- 小栗風葉「世間師」
- 島崎藤村「一夜」
- 永井荷風「深川の唄」
- 中村星湖「村の西郷」
- 近松秋江「雪の日」
- 志賀直哉「剃刀」
- 小川未明「薔薇と巫女」
- 水上滝太郎「山の手の子」
- 谷崎潤一郎「秘密」
- 寺田幹彦「澪」
大正篇
文学史の授業で見たようなビッグネームが並んでいる。
作品はおおむね作家の代表作としてよく挙げられるもので、他のアンソロジーでも読んだことがあるのがいくつかある。
それでも未読の「銀二郎の片腕」「虎」「屋根裏の法学士」「猫八」「葬式の名人」につられて買ってしまう。
- 田村俊子「女作者」
- 上司小剣「鱧の皮」
- 岡本綺堂「子供役者の死」
- 佐藤春夫「西班牙犬の家」
- 里見弴「銀二郎の片腕」
- 広津和郎「師崎行」
- 有島武郎「小さき者へ」
- 久米正雄「虎」
- 芥川龍之介「奉教人の死」
- 宇野浩二「屋根裏の法学士」
- 岩野泡鳴「猫八」
- 内田百閒「花火」
- 菊池寛「入れ札」
- 川端康成「葬式の名人」
- 葛西善蔵「椎の若葉」
- 葉山嘉樹「淫売婦」
昭和篇1
昭和篇1は戦前の作品を集めている。僕はこの中の半分くらいしか読んでいないけど、これを選んだ人を信用できる気がする。経験値0でも文学マニアでもない読者向けだ。山月記や檸檬はもう読んだだろうから、みたいな姿勢だろうか。
「ゼーロン」とかこんなアンソロジーでもなければ接点がないかもしれないけど、面白いよ。ちなみにゼーロンは主人公が乗(ろうとす)るロバの名前。読んでる途中はヘンな小説だが、読み終えると面白かった!と思う不思議な作品。
- 平林たい子「施療室にて」
- 井伏鱒二「鯉」
- 佐多稲子「キャラメル工場から」
- 堀辰雄「死の素描」
- 横光利一「機械」
- 梶井基次郎「闇の絵巻」
- 牧野信一「ゼーロン」
- 小林多喜二「母たち」
- 伊藤整「生物祭」
- 室生犀星「あにいもうと」
- 北条民雄「いのちの初夜」
- 宮本百合子「築地河岸」
- 高見順「虚実」
- 岡本かの子「家霊」
- 太宰治「待つ」
- 中島敦「文字禍」
昭和篇2
昭和篇の第2集は、戦後の昭和20年代の作品群。
よく知られたタイトルとちょっとひねった選択を混ぜてくる感じは、ほかの巻と同じだ。
「虫のいろいろ」はそのところどころのエピソードは読んだ記憶が残っているのに、ほかに全然知らない部分もあって、通読はしたことがなかったらしい。それだけ高校時代の模試などによく出てきたのだろうなと思った。
- 中里恒子「墓地の春」
- 石川淳「焼け跡のイエス」
- 原民喜「夏の花」
- 坂口安吾「桜の森の満開の下」
- 野間宏「顔の中の赤い月」
- 梅崎春生「蜆」
- 尾崎一雄「虫のいろいろ」
- 武田泰淳「もの喰う女」
- 永井龍男「胡桃割り」
- 林芙美子「水仙」
- 大岡昇平「出征」
- 長谷川四郎「小さな礼拝堂」
- 安部公房「プルートーのわな」
昭和篇3
戦後数年がたって、高度成長期くらいまでの作品群。
この年代の作品は青空文庫にもほとんど入ってないし、当分入る見込みがなくなってしまった。
- 小島信夫「小銃」
- 吉行淳之介「驟雨」
- 幸田文「黒い裾」
- 庄野潤三「結婚」
- 中野重治「萩のもんかきや」
- 円地文子「二世の縁 拾遺」
- 花田清輝「群猿図」
- 富士正晴「帝国軍隊に於ける学習・序」
- 山川方夫「夏の葬列」
- 島尾敏雄「出発は遂に訪れず」
- 埴谷雄高「闇の中の黒い馬」
- 深沢七郎「無妙記」
- 三島由紀夫「蘭陵王」
日本文学100年の名作
新潮文庫の『日本文学100年の名作』は、1914年から2013年までの100年を10年ごとに区切った10冊のシリーズ。文字も大きめで読みやすいアンソロジーだ。
タイトルを眺めるだけで「豊穣」の感がある。いわゆる純文学と大衆文学の垣根を超えて編んだことで、一冊ごとの奥行きが深いものになった。
明治以降平成の序盤までは男性作家ばかりだが、9巻で男女間の比率が拮抗し、10巻では女性作家が圧倒する。
Amazon.co.jp :新潮文庫 日本文学100年の名作
第1巻 夢見る部屋
- 荒畑寒村「父親」
- 森鴎外「寒山拾得」
- 佐藤春夫「指紋」
- 谷崎潤一郎「小さな王国」
- 宮地嘉六「ある職工の手記」
- 芥川龍之介「妙な話」
- 内田百閒「件」
- 長谷川如是閑「象やの粂さん」
- 宇野浩二「夢見る部屋」
- 稲垣足穂「黄漠奇聞」
- 江戸川乱歩「二銭銅貨」
第2巻 幸福の持参者
- 中勘助「島守」
- 岡本綺堂「利根の渡」
- 梶井基次郎「Kの昇天」
- 島崎藤村「食堂」
- 黒島伝治「渦巻ける烏の群」
- 加能作次郎「幸福の持参者」
- 夢野久作「瓶詰地獄」
- 水上瀧太郎「遺産」
- 龍胆寺雄「機関車に巣喰う」
- 林芙美子「風琴と魚の町」
- 尾崎翠「地下室アントンの一夜」
- 上林暁「薔薇盗人」
- 堀辰雄「麦藁帽子」
- 大佛次郎「詩人」
- 広津和郎「訓練されたる人情」
第3巻 三月の第四日曜
- 萩原朔太郎「猫町」
- 武田麟太郎「一の酉」
- 菊池寛「仇討禁止令」
- 尾崎一雄「玄関風呂」
- 石川淳「マルスの歌」
- 中山義秀「厚物咲」
- 幸田露伴「幻談」
- 岡本かの子「鮨」
- 川崎長太郎「裸木」
- 海音寺潮五郎「唐薯武士」
- 宮本百合子「三月の第四日曜」
- 矢田津世子「茶粥の記」
- 中島敦「夫婦」
第4巻 木の都
- 織田作之助「木の都」
- 豊島与志雄「沼のほとり」
- 坂口安吾「白痴」
- 太宰治「トカトントン」
- 永井荷風「羊羹」
- 獅子文六「塩百姓」
- 島尾敏雄「島の果て」
- 大岡昇平「食慾について」
- 永井龍男「朝霧」
- 井伏鱒二「遥拝隊長」
- 松本清張「くるま宿」
- 小山清「落穂拾い」
- 長谷川四郎「鶴」
- 五味康祐「喪神」
- 室生犀星「生涯の垣根」
第5巻 百万円煎餅
- 梅崎春生「突堤にて」
- 芝木好子「洲崎パラダイス」
- 邱永漢「毛澤西」
- 吉田健一「マクナマス氏行状記」
- 吉行淳之介「寝台の舟」
- 星新一「おーい でてこーい」
- 有吉佐和子「江口の里」
- 山本周五郎「その木戸を通って」
- 三島由紀夫「百万円煎餅」
- 森茉莉「贅沢貧乏」
- 井上靖「補陀落渡海記」
- 河野多惠子「幼児狩り」
- 佐多稲子「水」
- 山川方夫「待っている女」
- 長谷川伸「山本孫三郎」
- 瀬戸内寂聴「霊柩車」
第6巻 ベトナム姐ちゃん
- 川端康成「片腕」
- 大江健三郎「空の怪物アグイー」
- 司馬遼太郎「倉敷の若旦那」
- 和田誠「おさる日記」
- 木山捷平「軽石」
- 野坂昭如「ベトナム姐ちゃん」
- 小松左京「くだんのはは」
- 陳舜臣「幻の百花双瞳」
- 池波正太郎「お千代」
- 古山高麗雄「蟻の自由」
- 安岡章太郎「球の行方」
- 野呂邦暢「鳥たちの河口」
第7巻 公然の秘密
- 筒井康隆「五郎八航空」
- 柴田錬三郎「長崎奉行始末」
- 円地文子「花の下もと」
- 安部公房「公然の秘密」
- 三浦哲郎「おおるり」
- 富岡多惠子「動物の葬禮」
- 藤沢周平「小さな橋で」
- 田中小実昌「ポロポロ」
- 神吉拓郎「二ノ橋 柳亭」
- 井上ひさし「唐来参和」
- 李恢成「哭」
- 色川武大「善人ハム」
- 阿刀田高「干魚と漏電」
- 遠藤周作「夫婦の一日」
- 黒井千次「石の話」
- 向田邦子「鮒」
- 竹西寛子「蘭」
第8巻 薄情くじら
- 深沢七郎「極楽まくらおとし図」
- 佐藤泰志「美しい夏」
- 高井有一「半日の放浪」
- 田辺聖子「薄情くじら」
- 隆慶一郎「慶安御前試合」
- 宮本輝「力道山の弟」
- 尾辻克彦「出口」
- 開高健「掌のなかの海」
- 山田詠美「ひよこの眼」
- 中島らも「白いメリーさん」
- 阿川弘之「鮨」
- 大城立裕「夏草」
- 宮部みゆき「神無月」
- 北村薫「ものがたり」
第9巻 アイロンのある風景
- 辻原登「塩山再訪」
- 吉村昭「梅の蕾」
- 浅田次郎「ラブ・レター」
- 林真理子「年賀状」
- 村田喜代子「望潮」
- 津村節子「初天神」
- 川上弘美「さやさや」
- 新津きよみ「ホーム・パーティー」
- 重松清「セッちゃん」
- 村上春樹「アイロンのある風景」
- 吉本ばなな「田所さん」
- 山本文緒「庭」
- 小池真理子「一角獣」
- 江國香織「清水夫妻」
- 堀江敏幸「ピラニア」
- 乙川優三郎「散り花」
第10巻 バタフライ和文タイプ事務所
- 小川洋子「バタフライ和文タイプ事務所」
- 桐野夏生「アンボス・ムンドス」
- 吉田修一「風来温泉」
- 伊集院静「朝顔」
- 恩田陸「かたつむり注意報」
- 三浦しをん「冬の一等星」
- 角田光代「くまちゃん」
- 森見登美彦「宵山姉妹」
- 木内昇「てのひら」
- 道尾秀介「春の蝶」
- 桜木紫乃「海へ」
- 高樹のぶ子「トモスイ」
- 山白朝子「〆」
- 辻村深月「仁志野町の泥棒」
- 伊坂幸太郎「ルックスライク」
- 絲山秋子「神と増田喜十郎」
新潮文庫のスピン(ひものしおり)は通常こげ茶色だけど、このシリーズではレモン色で、見た目の点でもちょっと違う。
字が大きくて読みやすいし、巻末に各作品の「読みどころ」が記されているのも親切だ。
最後の巻だけページ数が多く、そのぶん薄い紙を使っているのはご愛嬌。
戦後短篇小説再発見
講談社文芸文庫の『戦後短篇小説再発見』シリーズ。僕の手元には18冊中11冊がある。
各巻がそれぞれ戦後期から90年代くらいまでの作品をテーマごとにまとめていて基本的に純文学系なんだけど、星新一や梶山季之のエンタメ系作品も入っている。
惹句は裏表紙などから引用した。
Amazon.co.jp :講談社文芸文庫 戦後短篇小説再発見
1 青春の光と影
鬱屈した心情と爆発するエネルギー――いつの時代にも変わらぬ若者たちの生態を鮮やかに描いた11篇
- 太宰治「眉山」
- 石原慎太郎「完全な遊戯」
- 大江健三郎「後退青年研究所」
- 三島由紀夫「雨のなかの噴水」
- 小川国夫「相良油田」
- 丸山健二「バス停」
- 中沢けい「入江を越えて」
- 田中康夫「昔みたい」
- 宮本輝「暑い道」
- 北杜夫「神河内」
- 金井美恵子「水の色」
2 性の根源へ
人間の内奥に潜む性の魔力――戦時下の性から現代の突端の光景まで、エロスとしての人間に肉迫する11篇
- 坂口安吾「戦争と1人の女〔無削除版〕」
- 田村泰次郎「鳩の街草話」
- 武田泰淳「もの喰う女」
- 吉行淳之介「寝台の舟」
- 河野多恵子「明くる日」
- 野坂昭如「マッチ売りの少女」
- 田久保英夫「蜜の味」
- 中上健次「赫髪」
- 富岡多恵子「遠い空」
- 村上龍「OFF」
- 古山高麗雄「セミの追憶」
3 さまざまな恋愛
情熱、せつなさ、歓び、迷い……ひかれ合う男と女の微妙な心の種々相を鮮明に映し出した恋の名篇12
- 山川方夫「昼の花火」
- 檀一雄「光る道」
- 岩橋邦枝「逆光線」
- 丸谷才一「贈り物」
- 大庭みな子「首のない鹿」
- 瀬戸内晴美「ふたりとひとり」
- 野呂邦暢「恋人」
- 高橋たか子「病身」
- 大岡昇平「オフィーリアの埋葬」
- 山田詠美「花火」
- 宇野千代「或る小石の話」
- 高橋のぶ子「浮揚」
4 漂流する家族
日々繰りかえされる我儘、甘え、反発――夫婦、親子の心理の葛藤を深く掘り下げ、人と人の絆に迫る12篇
- 安岡章太郎「愛玩」
- 久生十蘭「母子像」
- 幸田文「雛」
- 中村真一郎「天使の生活」
- 庄野潤三「蟹」
- 森内俊雄「門を出て」
- 尾辻克彦「シンメトリック」
- 黒井千次「隠れ鬼」
- 津島祐子「黙市」
- 干刈あがた「プラネタリウム」
- 増田みず子「一人家族」
- 伊井直行「ぼくの首くくりのおじさん」
5 生と死の光景
刻々と近づいてくる老いと死――日常の中での避けがたい死との関係を通して、生きている現在を直視する12篇
- 正宗白鳥「今年の秋」
- 島比呂志「奇妙な国」
- 遠藤周作「男と九官鳥」
- 結城信一「落葉亭」
- 島尾ミホ「海辺の生と死」
- 高橋昌男「夏草の匂い」
- 色川武大「墓」
- 高井有一「掌の記憶」
- 川端康成「めずらしい人」
- 上田三四二「影向」
- 三浦哲郎「ヒカダの記憶」
- 村田喜代子「耳の塔」
6 変貌する都市
孤独な人々の夢が集積する都市空間――焼跡の廃墟から大都市の砂漠まで、都市居住者の内面を捉える12篇
- 織田作之助「神経」
- 島尾敏雄「摩天楼」
- 梅崎春生「麺麭の話」
- 林芙美子「下町」
- 福永武彦「飛ぶ男」
- 森茉莉「気違いマリア」
- 阿部昭「鵠沼西海岸」
- 三木卓「転居」
- 日野啓三「天窓のあるガレージ」
- 清岡卓行「パリと大連」
- 後藤明生「しんとく問答」
- 村上春樹「レキシントンの幽霊」
7 故郷と異郷の幻影
記憶の底から蘇る忘れがたい光景――故郷異国での失意と希望の日々を、過ぎ去りゆく時の中に刻む12篇
- 井伏鱒二「貧乏性」
- 長谷川四郎「シルカ」
- 小林勝「フォード・1927年」
- 木山捷平「ダイヤの指環」
- 辻邦生「旅の終り」
- 石牟礼道子「五月」
- 五木寛之「私刑の夏」
- 森敦「弥助」
- 林京子「雛人形」
- 光岡明「行ったり来たり」
- 小田実「「アボジ」を踏む」
- 島田雅彦「ミス・サハラを探して」
8 歴史の証言
戦争、敗戦を経て繁栄の時代へ――苛烈な状況下でも挫けず生きる個人を描き、時を超えて光彩を放つ11篇
- 平林たい子「盲中国兵」
- 阿川弘之「年年歳歳」
- 中野重治「おどる男」
- 三浦朱門「礁湖」
- 富士正晴「帝国軍隊に於ける学習・序」
- 佐多稲子「雪の峠」
- 水上勉「リヤカーを曳いて」
- 吉野せい「麦と松のツリーと」
- 田中小実昌「岩塩の袋」
- 李恢成「馬山まで」
- 坂上弘「短い1年」
9 政治と革命
時代の転回点で激しく噴出するエネルギー――状況の変革を求めて行動する人間の苦悩と抵抗を照射する12篇
- 田中英光「少女」
- 林房雄「四つの文学(或る自殺者)」
- 堀田善衞「断層」
- 野間宏「立つ男たち」
- 埴谷雄高「深淵」
- 倉橋由美子「死んだ眼」
- 井上光晴「ぺぃう゛ぉん上等兵」
- 古井由吉「先導獣の話」
- 金石範「虚夢譚」
- 高橋和巳「革命の化石」
- 開高健「玉、砕ける」
- 桐山襲「リトゥル・ペク」
10 表現の冒険
既成の通念を乗り越えようとする果敢な試み――言葉の生命力を生かして、新しい文学表現の可能性を追求した十二篇
- 内田百閒「ゆうべの雲」
- 石川淳「アルプスの少女」
- 稲垣足穂「澄江堂河童談義」
- 小島信夫「馬」
- 安部公房「棒」
- 藤枝静男「一家団欒」
- 半村良「箪笥」
- 筒井康隆「遠い座敷」
- 渋沢龍彦「ダイダロス」
- 高橋源一郎「連続テレビ小説ドラえもん」
- 笙野頼子「虚空人魚」
- 吉田知子「お供え」
11 事件の深層
事件の底に澱む暗い情念――殺人、自殺、失踪、誘拐、虐待へと引き寄せられる人間心理の葛藤を凝視する十篇。
- 武田泰淳「空間の犯罪」
- 松本清張「火の記憶」
- 三島由紀夫「復讐」
- 椎名麟三「寒暖計」
- 倉橋由美子「夏の終り」
- 大岡昇平「焚火」
- 野坂昭如「童女入水」
- 中上健次「ふたかみ」
- 宮本輝「紫頭巾」
- 藤沢周「ナンブ式」
12 男と女―青春・恋愛
時代の波に漂う恋の行方――若い男女の熱い想いと挫折を鮮やかに描き、青春の思い出の一齣を甦らせる恋の物語11篇。
- 野間宏「二つの肉体」
- 石坂洋次郎「草を刈る娘」
- 川崎長太郎「夜の家にて」
- 原田康子「サビタの記憶」
- 福田章二「蝶をちぎった男の話」
- 三浦哲郎「初夜」
- 川端康成「木の上」
- 唐十郎「恋のアマリリス」
- 向田邦子「花の名前」
- 水上勉「箒川」
- 三木卓「ボトル」
13 男と女 結婚・エロス
性の淵に沈んだ男女の悦楽と懊悩―愛憎に彩られたさまざまなエロスの情景を描く10篇
- 坂口安吾「アンゴウ」
- 伊藤整「ある女の死」
- 円地文子「耳瓔珞」
- 北原武夫「魔に憑かれて」
- 永井龍男「冬の日」
- 曽野綾子「只見川」
- 野口冨士男「なぎの葉考」
- 三枝和子「野守」
- 八木義徳「青い儀式」
- 佐藤洋二郎「五十猛」
14 自然と人間
自然の中に揺曳する生の原風景――故郷の山河、庭の草木、思い出の道、風の音……自然の姿に想いを仮託する10篇。
- 火野葦平「鯉」
- 近藤啓太郎「赤いパンツ」
- 井上靖「道」
- 上林暁「四万十川幻想」
- 竹西寛子「鶴」
- 尾崎一雄「閑な老人」
- 丸山健二「チャボと湖」
- 阪田寛夫「菜の花さくら」
- 加藤幸子「主人公のいない場所」
- 多和田葉子「ゴットハルト鉄道」
15 笑いの源泉
戯画化、誇張、諷刺によって浮かび上がる人間の姿――硬直した精神に鋭い一撃を与え、笑いの中に真実を探る十一篇。
- 獅子文六「無頼の英霊」
- 舟橋聖一「華燭」
- 正宗白鳥「狸の腹鼓」
- 小沼丹「カンチク先生」
- 開高健「ユーモレスク」
- 堀田善衛「ルイス・カトウ・カトウ君」
- 花田清輝「伊勢氏家訓」
- 筒井康隆「寝る方法」
- 北杜夫「箪笥とミカン」
- 杉浦明平「海中の忘れもの」
- 椎名誠「日本読書公社」
16 「私」という迷宮
夢、幻想、欲望の中に浮遊する<私>というカオス――さまざまな仕掛けで存在の謎と闇に迫る11篇。
- 梅崎春生「鏡」
- 遠藤周作「イヤな奴」
- 高橋たか子「骨の城」
- 吉田健一「一人旅」
- 島尾敏雄「夢屑」
- 安部公房「ユープケッチャ」
- 中里恒子「家の中」
- 小川国夫「天の本国」
- 三田誠広「鹿の王」
- 小林恭二「磔」
- 森瑤子「死者の声」
17 組織と個人
組織の力に抗して、自由を希求する闘いの軌跡――軍隊、会社など集団の中の個人の挫折と希望を描く十篇
- 中山義秀「あやめ太刀」
- 梶山季之「族譜」
- 中野重治「第三班長と木島一等兵」
- 新田次郎「八甲田山」
- 富士正晴「足の裏」
- 城山三郎「調子はずれ」
- 佐多稲子「疵あと」
- 黒井千次「椅子」
- 石原慎太郎「院内」
- 辻原登「松藾」
18 夢と幻想の世界
人間の深層に辿りつくための言葉の冒険――ユニークな着想によって読者を奇妙な世界に誘う寓話、幻想譚11篇
- 日影丈吉「かむなぎうた」
- 矢川澄子「ワ゛ッケル氏とその犬」
- 谷崎潤一郎「過酸化マンガン水の夢」
- 星新一「ピーターパンの島」
- 色川武大「蒼」
- 吉行淳之介「蠅」
- 中井英夫「鏡に棲む男」
- 村上龍「ハワイアン・ラプソディ」
- 村田喜代子「百のトイレ」
- 川上弘美「消える」
- 室井光広「どしょまくれ」
心に残る物語――日本文学秀作選
文春文庫の『心に残る物語――日本文学秀作選』は、これまでに6冊が出ている。
宮本輝、浅田次郎、山田詠美、桐野夏生、石田衣良、沢木耕太郎の各氏がそれぞれのテーマで1冊を編んでいて、書店ではそれぞれの本が各著者のコーナーに並んでいる。だから背表紙の色も文春文庫の著者カラーで別々だ。
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魂がふるえるとき 宮本輝 編
- 開高健「玉、砕ける」
- 水上勉「太市」
- 吉行淳之介「不意の出来事」
- 川端康成「片腕」
- 永井龍男「蜜柑」
- 堀田善衛「鶴のいた庭」
- 安岡章太郎「サアカスの馬」
- 井上靖「人妻」
- 武田泰淳「もの食う女」
- 尾崎一雄「虫のいろいろ」
- 幸田露伴「幻談」
- 永井荷風「ひかげの花」
- 川端康成「有難う」
- 国木田独歩「忘れえぬ人々」
- 樋口一葉「わかれ道」
- 泉鏡花「外科室」
見上げれば 星は天に満ちて 浅田次郎 編
- 森鷗外「百物語」
- 谷崎潤一郎「秘密」
- 芥川龍之介「疑惑」
- 川端康成「死体紹介人」
- 中島敦「山月記」
- 中島敦「狐憑」
- 山本周五郎「ひとごろし」
- 永井龍男「青梅雨」
- 井上靖「補陀落渡海記」
- 松本清張「西郷札」
- 梅崎春生「赤い駱駝」
- 立原正秋「手」
- 小泉八雲「耳なし芳一のはなし」
幸せな哀しみの話 山田詠美 編
- 中上健次「化粧」
- 半村良「愚者の街」
- 赤江瀑「ニジンスキーの手」
- 草間彌生「クリストファー男娼窟」
- 河野多恵子「骨の肉」
- 遠藤周作「霧の中の声」
- 庄野潤三「愛撫」
- 八木義徳「異物」
我等、同じ船に乗り 桐野夏生 編
- 島尾敏雄「孤島夢」
- 島尾ミホ「その夜」
- 松本清張「菊枕」
- 林芙美子「骨」
- 江戸川乱歩「芋虫」
- 菊池寛「忠直卿行状記」
- 太宰治「水仙」
- 澁澤龍彦「ねむり姫」
- 坂口安吾「戦争と一人の女」「続戦争と一人の女」
- 谷崎潤一郎「鍵」
危険なマッチ箱 石田衣良 編
- 石川淳「紫苑物語」
- 色川武大「ふうふう、ふうふう」
- 西東三鬼「神戸」より第九話「鱶の湯びき」
- 星新一「おーい でてこーい/月の光」
- 井伏鱒二「朽助のいる谷間」
- 斎藤緑雨「眼前口頭」他より
- 吉田健一「饗宴」
- 岡本かの子「鮨」
- 江戸川乱歩「防空壕」
- 川端康成「日向/写真/月/合掌」
- 内田百閒「東京焼盡」より第三十八章、第五十六章
- 山川方夫「昼の花火」
- 山本周五郎「大炊介始末」
- 芥川龍之介「侏儒の言葉」より
右か、左か 沢木耕太郎 編
- 小川洋子「風薫るウィーンの旅六日間」
- 芥川龍之介「魔術」
- 阿左田哲也「黄金の腕」
- 山本周五郎「その木戸を通って」
- 庄野潤三「プールサイド小景」
- 吉行淳之介「寝台の舟」
- 開高健「ロマネ・コンティ・一九三五年」
- 坂口安吾「散る日本」
- 向田邦子「ダウト」
- 藤沢周平「賽子無宿」
- 江戸川乱歩「人間椅子」
- 阿部昭「天使が見たもの」
- 村上春樹「レーダーホーゼン」
文春文庫のこのシリーズは、選者の好みが色濃く反映されているように感じる。
その他のシリーズ
光文社文庫から出ている日本ペンクラブ編の各アンソロジーも3冊買ってみた。
各巻に「大人になる前の物語」「恋愛小説」といったテーマがあって選者も異なり、シリーズとして連続してはいないようだ。こちらは1,2篇ずつ海外作家の作品も含まれている。また底本の記載はあるが初出は書かれていない。個人的には初出があるとうれしい。
集英社文庫のテーマ別のアンソロジー『短編伝説』は、初出ありだった。
どれか一つをおすすめするなら
紹介した中からどれか一つのシリーズを選ぶなら、新潮文庫の『日本文学100年の名作』をおすすめしたい。
年代順に並んでいて、文学史上の古い名作から現代作家の作まで読めるのがいい。10冊を読み進めるうちに、移り変わる時代と、その中で連綿と続いてきた文学の営みを体感できるだろう。
紙の本で読んで、本棚に並べておくのにふさわしい近現代文学の文庫アンソロジーだ。
新潮文庫が創刊された1914年(大正3年)はじまりなので明治の作品がないけれど、それはまた別のシリーズや、青空文庫などで補完していくといいと思う。