安房直子さんの本を読んだ

ここ数か月、安房直子(あわ・なおこ)さんの短編小説集を読んでいた。

『春の窓』という文庫を購入したのがそのきっかけだ。

この本の2番目に収録されている「あるジャム屋の話」という短編を読み、いっぺんに魅了された。この本は一気に読んでしまうのではなく、ひと晩に一作ずつ読み進めたほうがいい種類の本だと思ったので、2,3か月ほどかけて3冊の短篇集を読み終えた。

ぼくは小説のジャンル分けにあまり詳しくはない。安房さんの作品はメルヘンまたはファンタジーということになるのかもしれない。

でもそうした横文字が醸すイメージとははっきりと違うなにかが、彼女のどの作品にもあることはわかる。

たとえば立原えりかさんの『木馬がのった白い船』と比べてみよう。

立原さんのこの本の中で取り上げられているモチーフを拾いあげてみると、例として、白鳥、人魚、ピエロ、妖精、おきさきさま…などのキーワードを見出すことができる。

それに対して安房さんの作品では、ホットケーキ、針刺し、大工さん、おはじき、ゆきひら(雪平鍋)、あずき、七輪…などと、より身近な、あるいは和風の感触を持つモチーフが多用されているのが特徴的だ。

立原さんと安房さん、どちらもメルヘンまたはファンタジーという大きな枠でくくることができ、モチーフも含めて共通する部分もおおきいけれど、それでいてなにか作家の引き出しに入っているものがそれぞれ違うような個性的な味わいがある。

「あるジャム屋の話」では、会社を辞めて森の中でジャムづくりを始める若者と、鹿の娘との交流が描かれる。

こうした人間世界とは別の世界との不思議な交流ないし交錯が、安房さんの作品世界の大きな柱だ。

しかし安房さんの作品を読むうえで見逃してはならないのは、彼女の作品には、本作中のこの若者のように、生計を立てる、暮らすというテーマが必ずといっていいほど潜んでいることだろう。

「遠い野ばらの村」「ひぐれのお客」「夕日の国」など、商店を営む人々を主人公にした話も多い。「サリーさんの手」では、家賃が安いという理由で騒音と振動がひどい線路沿いの部屋に住む若い女の子が主人公だ。

一方で非現実的な空間に迷い込みながら、一方では現実的な(そしていくらかノスタルジックな)生活の様子も同時に描かれるバランスがいいと思う。

ぼくがこれまでに読んだ安房さんの本はわずか3冊。『安房直子コレクション』の各巻にはエッセイも収録されているようなので読んでみたいのだけど、文庫と比べると高価なのがネックだ。

 

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