「まくとぅそーけーなんくるないさ」の機微

なんくるないさ

沖縄に住んでいるので、「まくとぅそーけーなんくるないさ」という言葉をときどき目にします。好きな言葉として挙げる人を見ることもあります。

個人の心情としてはそのことに理解も共感もできるんだけど、いまがこの言葉の意味の分岐点にきているように思ったので、自分の気持ちを書いてみます。

「真面目にやっていれば、なんとかなるさ」

「なんくるないさ」

「なんくるないさ」は「なんとかなるさ」という心の持ちようを表現した言葉です。

沖縄のひとびとが歴史的に培ってきた県民性を象徴的に表現した言葉として、90年代以降、書物や映像メディアを通じて取り上げられ、他府県の方々にもいくらか知られるようになったように記憶しています。

「まくとぅそーけーなんくるないさ」

その後、ただの「なんくるないさ」ではイメージ的にだらしないと思う人が多かったのか、またラジオのパーソナリティーがよく口にしていたことも手伝ってか、「真面目にやっていれば」という意味の「まくとぅそーけー」が頭について、新たな(あるいは本来の)形で広まっていきました。

そうした結果、もともと深みまたは含みのある言葉だったのが、妙に薄っぺらな道徳標語に変質してきているように感じるというのが、先にぼくが「言葉の意味の分岐点にきている」と書いた理由です。

社会の中の言葉

「まくとぅそーけーなんくるないさ」って、社会や環境に一定のフェアネスが前提されていて初めて、言葉のとおりの意味を持つわけです。

そうでない多くの現実的な環境では、「真面目にやっていれば報われるのだ」という考えはたやすく自己責任論と結びついて、それを支える標語としても機能してしまいます。

それを言う人自身も含めて、苦しい時に声を上げにくくする効果を持ち、昨今の感染症禍でも現れているような「まくとぅそーてぃん、ちゃーんならん」(真面目にやっていても、どうにもならない)多くのひとたちを、その結果だけ見て切り捨ててしまう心情的根拠になりかねません。

公正世界仮説(Wikipedia)
公正世界仮説または公正世界誤謬とは、人間の行いに対して公正な結果が返ってくるものである、と考える認知バイアス、もしくは思い込みである。また、この世界は公正世界である、という信念を公正世界信念という。

現実には、誰もが自助努力だけで生きていけるわけではありませんよね。若い人はとくにそうです。

生きる力のまだ十分でない若者が「好きな言葉」として無邪気にこれを挙げているのを見て、半分は共感しながら、危ういなとぼくが感じるのにはこのような理由があります。

論理の言葉と内輪の言葉

命に係わるような大けがをした人に「これは大変だ、すごい血だ」と言うのと、「大丈夫だ、たいしたけがじゃない」と伝えるのとで助かる助からないが変わってくるという話があります。

「(まくとぅそーけー)なんくるないさ」も、人生に躓いたときや先の見通しの立たない状況の中でも前向きな姿勢を失わないよう、かくあれかし、そうあってほしいという願い込みで発されてきた言葉ではなかったでしょうか。苦しい時の気持ちを和らげる働きを持つ、人間らしい温かい言葉です。

この人づての体温の温かさこそが大切で、けっして「真面目にやっているのならば、なんとかなっているはずである。なんとかなっていないのは、真面目にやっていないからである」という論理的命題ではないわけで、この言葉が先に引用した公正世界仮説のように、単なる規範として見ず知らずの他人に向かうとまずい感じがします。

同じ言葉を、追い詰められた身近なひと(自分を含む)を救い出すために使うのか、逆に知らない人に救いの手を差し出さない理由として使うのかの違いです。

真面目な若い人たちには、変にこの言葉を内面化して、自分を追い詰めたり他者に冷淡になったりすることがないようにと思うのです。

まあ、単にそれらしい言葉だから、好きな言葉を訊かれたときにそう答えているだけかもしれませんが。

言葉はキャッチフレーズ化されていく

言葉は文脈のないところで使われるとキャッチコピー化・キャッチフレーズ化する傾向があります。

「なんくるないさ」も、当初こそ困難にあって打ちひしがれない沖縄の人びとの楽天的な精神性をうまく表現する言葉としてピックアップされていたかと思いますが、しだいに、南国の人の能天気さを表すかのような俗流解釈もまかり通るようになりました。

これも好きな人がとても多い「感謝」のような言葉も、現在は外向けの自己アピールや、苦境を訴える人を透明化する装置として使われがちです。

個人で大事にしたい金言や格言と、他者に向けて掲げられる標語の境は、実際はあいまいなものかもしれません。でも、「まくとぅそーけーなんくるないさ」が、この先数年でそんな標語的ニュアンスを持つようにならなければいいがと思っています。

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