川原泉さんの漫画を愛好している。
今や、病みついているといってもよいほどに。
それほど漫画好きでもなかった僕にしてみれば、自分でも意外なほどに。
…とはいっても、僕が川原さんの作品を初めて読んでから、まだ半年もたっていない。
しかしそこから次々に作品を買い集めて、現在文庫で手に入るものについてはあらかた読んでしまった。
川原作品との出会いのきっかけは、「これまでに読んだことのない漫画家の作品をとりあえず1巻だけ読んでみよう!」という、気まぐれな思い付きだった。
そのことは過去に記事にもしている。
そのとき買ったなかに、『笑う大天使(ミカエル)』があったのだ。
いまさら僕が何かを言うまでもない傑作であり、すでに川原さんの代表作として名高い。
だけれども、当時の僕は、「なんとなくタイトルに聞き覚えがある気がする」くらいの貧しいイメージしか持っていなかった。
超名作なのに。
人類必携なのに…。
しかしともかく、この作品から、僕の川原ロードの幕が切って落とされたのだった。
川原泉さんの漫画と白泉社文庫版の収録作品紹介
笑う大天使
『笑う大天使(わらうミカエル)』。
あらためて振り返ると、この作品についても作家についても、一切の予備知識を持たずに読み始めることができたのは、僕にとって、ある意味で無知ゆえの僥倖でもあったと思う。
まさか笑いあり笑いありのギャグ漫画というか、コメディーというか、そういう漫画だとは思いもしませんでしたし。
笑っていたと思ったら泣かされそうになるし。
川原さんの漫画は、笑わせる部分と感動させる部分が同時に二層になって並走していて、目まぐるしく双方を行き来するので、脳で処理すべき情報が多い。
だから読書の密度が濃いのだ。
それ以前に読んだことのある少年漫画、たとえば『ジョジョの奇妙な冒険』だと、第何部単位で買ってきた日に一気に5巻くらい読んでしまって、もったいないから今日はここで終わろうなどと考えたものだったのに、『笑う大天使』の場合だと、エピソードの途中でも読むのを中断できてしまう。
それは、1ページあたりの情報密度が濃くて、すぐにおなかいっぱい、あるいは胸がいっぱいになってしまうからだ。
ひとつのコマの中に反映されている技術の量とか分野の層とかを感じる満足がある。
僕はどうやら、こんなふうに物語の外に想像を飛ばしてくれる要素があって、読みながら物語の内外を行ったり来たりできる作品が好みなのだと思う。手塚治虫の作品にもそんな傾向を感じる。
もちろん『ジョジョ』のような、物語に没入させてくれる作品も面白いけれど。
川原さんの作品をどれか1作読んでみたい人には、まずこの『笑う大天使』をおすすめしたい。
白泉社文庫版では全2巻。
収録作品:
- 笑う大天使
- 空色の革命
- オペラ座の怪人
- 夢だっていいじゃない
あとの3作は、「笑う大天使」の3人の主人公にそれぞれスポットを当てたスピンオフ後日譚で、これもまたいいのだ。
空の食欲魔人
面白い漫画を描く人だなあ、と思って次に買ったのは、初期の作品集である『空の食欲魔人』。
川原さんの漫画を読んでいると、感化されて、ものを食べる時の擬音語が「もぎゅもぎゅ」とか「もんぎゅもんぎゅ」になってしまう。
「宇宙の食欲魔人 アンドロイドはミスティー・ブルーの夢を見るか?」は、のちの『ブレーメンⅡ』の前駆となる作品だ。
収録作品:
- 空の食欲魔人
- 空の食欲魔人 カレーの王子さま
- 陸の食欲魔人 アップル・ジャック
- 海の食欲魔人 不思議なマリナー
- 青い瞳の食欲魔人 ミソ・スープは哲学する
- 宇宙の食欲魔人 アンドロイドはミスティー・ブルーの夢を見るか?
- 進駐軍(G・H・Q)に言うからねっ!
甲子園の空に笑え!
これも面白かったなあ。
川原さんの作品は基本ハッピーエンドで、読んで悲しくなったりは(あまり)しないけれど、この『甲子園の空に笑え!』はとくに、読んだあとのじんわりとくる幸福感が強い。
併録されている「銀のロマンティック…わはは」も、川原ナレーションの韻律に乗せられて、素直に幸せな気持ちにさせてくれる名作だ。
収録作品:
- 甲子園の空に笑え!
- ゲートボール殺人事件
- 銀のロマンティック…わはは
メイプル戦記
『甲子園の空に笑え!』の監督が、今度は女子だけのプロ野球チームを率いて日本プロ野球に挑戦するのが、この『メイプル戦記』だ。
この作品は、ドカベンもROOKIESもタッチもMAJORも読んでいない僕が、初めて最後まで読んだ野球漫画でもある(「幕張」は全部読んだけど)。
90年代初めごろのプロ野球選手の名前を記憶しているなら、さらに面白く読めると思う。
ニコニコ笑ってたら、こういう場面で急激に泣かされそうになるのだ。別に泣くとこじゃないんだが。
収録作品:
- メイプル戦記
- ヴァンデミエール―葡萄月の反動
- カーラ君を探せ
フロイト1/2
川原さんの短編には、奇妙な偶然で運命づけられた二人が時を経て幸せな結末に至るという形の作品が多い。
…あくまで形だけを見れば。
独特なのは、それがロマンスの形式になっていかずに、終盤までそれぞれの作品のモチーフに応じた物語が展開されていくことだ。
「フロイト1/2」は、大学生と小学生として出会った二人が、のちにゲーム制作会社の社長とアルバイトとして再会するのだけど、最後までロマンスの半歩手前でとどまりながら、それでいて作品の終わりに幸福感だけは残される。
収録作品:
- フロイト1/2
- たじろぎの因数分解
- 悪魔を知る者
- 真実のツベルクリン反応
- 花にうずもれて
- メロウ・イエロー・バナナムーン
- ジュリエット白書
中国の壺
『中国の壺』は、伝奇に歴史ものにミステリに幼なじみにエッセイ漫画と、バラエティに富んだ内容の短編集。
川原さんの作品は、僕にとってお話そのものよりも叙述のあり方に感心する度合いが高くて、小説でいうといわゆる”純文学”的な味わいがある。
だから「お話はよく分からなかったけど、面白かった」ということも起こる。
収録作品:
- 中国の壺
- 殿様は空のお城に住んでいる
- Intolerance…―あるいは暮林助教授の逆説(パラドックス)
- かぼちゃ計画
- 追憶は春雨じゃ
- 川原のしあわせ
美貌の果実
この短編集も面白かった。
園芸や農業ほかを題材に採った作品集だ。
ところで、川原さんの描く女の子は、どのキャラクターも複数の顔を持っている。
これは『メイプル戦記』での広岡監督なんだけれども、連続する3コマでそれぞれ顔が違う。
川原さんの作品中では、どの登場人物もこのように、全編にわたって等身と顔を目まぐるしくチェンジしていく。
少年漫画では、このようなことはあまりない。
ギャグシーンであることをあきらかに示すためにときどき顔がデフォルメ方向(または劇画調)に変わるということはあるけれども、昔の作品でいうと『SLAM DUNK』でやや似た傾向があったくらいで、一般的には、川原作品のようなスタイルチェンジは頻繁には行われない。
そして川原さんは驚くべきことに、物語のクライマックスにおける表現をも、しばしばこのデフォルメされたほうのおまんじゅう顔で描いてしまう。
そして、それがとても感動的なのだ。
これは一種の照れなのかもしれないが、少年漫画ではなかなか味わえない種類の感動だ。
『美貌の果実』所収の「架空の森」に至っては、物語的クライマックスは、間の抜けた顔をした怪獣の着ぐるみを着たままで演じられる。それがまた、とてもいい。
収録作品:
- 愚者の楽園―8月はとぼけてる
- 大地の貴族―9月はなごんでる
- 美貌の果実―10月はゆがんでる
- 架空の森
- 森には真理が落ちている
- パセリを摘みに
バビロンまで何マイル?
幼なじみの高校生二人がタイムスリップの能力を手に入れ、近世イタリアで歴史上の事件にかかわっていく…という物語。
物語の肩慣らしに恐竜を絶滅させたりするあたりは(女の子が現代から風邪の「新型ウイルス」を持ち込む)、期せずしてアクチュアルな表現になっている。
ほかの作品よりも文字情報が多く、主人公の二人がイタリアではわき役にとどまっていることがちょっと弱いけど、チェーザレ・ボルジアやルネサンスのイタリアにロマンを感じるなら面白く読めるはず。
収録作品:
- バビロンまで何マイル?
小人たちが騒ぐので
ごく短いエッセイ漫画を集めたもの。
ファンタジー系のゲームをモチーフにした「小人たちが騒ぐので」をメインに収録している。
「ロレンツォのカエル」は13ページの短編。
僕は映画『ロレンツォのオイル』を未見なので、これがパロディーなのかどうかわからない。
収録作品:
- 小人たちが騒ぐので
(アンジェリーク学概論)
(もぎゅもぎゅ調査隊)
(通販けもの道)
(トレジャーハンターK) - ロレンツォのカエル
- 0(ゼロ)の行進
ブレーメンⅡ
『ブレーメンⅡ』は「宇宙の食欲魔人 アンドロイドはミスティー・ブルーの夢を見るか?」のキラ・ナルセが再び登場し、人語を話す動物たちを率いる宇宙船の船長となってミッションを果たしていく。
…というお話、であるはずだ。
ぼくはまだ1巻を読み終えたところなので、作品全体について語れることはない。
ただこれまで読んできた作品と絵柄が変わったなという印象は受けた。
文庫では全4巻。
収録作品:
- ブレーメンⅡ
その他の川原泉作品
その他の川原泉作品としては、これまでに「~がある」シリーズも刊行されている。
- レナード現象には理由がある
- コメットさんにも華がある
- バーナム効果であるあるがある
これもこれから読んでみたい。
その他、エッセイや漫画作品から抜粋した名言集(?)、傑作集としてまとめられたアンソロジーがある。
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だだっ
僕は川原さんの「だだっ」「スタタタ!」が好きだ。