「閑(しづか)さや岩にしみ入る蝉の声」の英訳
『俳句』
手元に『俳句』というシンプルなタイトルの、文庫サイズの分厚い本がある。
ピエブックスから出た、俳句とその英訳を読める本だ。
たとえば松尾芭蕉の「閑さや岩にしみ入る蝉の声」という句は、この本の中ではこんなふうに英語に訳されている。
the stillness:
penetrating the rock
a cicada's cry
「閑かさ」がthe stillnessと訳されている。the silenceでないところに、なんとなしに、単純でない味わいを感じることもできる。
ちなみに日本語話者のぼくが英単語のニュアンスを少しでも知りたいときには、その単語でぱぱっと画像検索してみることが多い。
そうすると、その単語を含むフレーズの壁紙などが出てきて、たくさんの画像から伝わってくる共通の雰囲気がそれぞれにあることがわかる。
それで、ああこの単語はこんなイメージでとらえればいいのかなと納得がいったりするのだ。
stillnessが静寂だとしたら、silenceは沈黙というイメージを含んでいることが、並んでいる画像からも感じ取れたりする。この方法はおすすめだ。
この本はおもしろい
この『俳句』は、親しみやすい名句とその英訳、日本語と英語による簡単な解説をよみつつ、それに加えてその俳句のイメージに沿う、美しい写真も楽しむことができる。
「冷奴隣に灯先んじて」
1句を見開き2回分で紹介している。
まず最初の見開きに日本語の句とその句の英訳、そして英語と日本語による解説が載っている。
またこの解説文もいいんだ。
英語解説は日本語解説に対応していて文章もやさしいので、高校生くらいならさらっと読めそうなレベルだ。
そしてページをめくった3,4ページ目に、その句をイメージした写真が1~2枚配されている。
井上博道さんによる写真もきれいで、イメージが多方面から深まる作りでとてもいいのだ。
ぼくはまず日本語の句を読み、日本語の解説を読んでから、英訳句と英語解説文を読む。
そうすると、日本の日常的な風景やいかにも日本的な情緒を英語の窓から覗いているような感覚があっておもしろい。
そして、この句がどんな写真で表現されているのだろう? という楽しみもある。
なにより知らない俳句が多くて読んでいて楽しい。
「憂きことを海月(くらげ)に語る海鼠(なまこ)かな」もいいね。
本の作りは春・夏・秋・冬、そして新年という、歳時記を踏襲した5つの章立てになっている。
使われているフォントもいいし、文字組みやレイアウトもいい。ピエブックスはデザイン系の本も多く手掛けているので、ノウハウの蓄積があるのだろう。
なんかこう、なんとも感じのいい本です。
分厚い文庫のサイズ感といい、紙の手ざわりといい、日本語と英語、言葉と写真を交互に置く構成のリズムといい、「もの」としていい本だ。
単行本で出たあとに新装版として小型になった本だけど、ぼくはこの文庫のサイズ感がいいと思う。
この記事は7月7日の夜に書いていて、この本にはこんな句も載っている。
七夕や髪ぬれしまま人に逢ふ
橋本多佳子さんの句。「秋」のパートに乗っているので、旧暦の七夕なのかもしれないな。句の解説と写真はぜひ本を手に取って確かめてほしい。